ベッカライ徳多朗の閉店理由とは?元石川本店と現在の営業真相
横浜・田園都市線エリアのみならず、日本全国のベーカリーファンから「聖地」として長年愛されてきた名店「ベッカライ徳多朗」。早朝から香ばしい焼き立てパンの匂いに包まれ、看板商品のミルクフランスを求めて連日長蛇の列ができた光景は、今も多くのパン好きの脳裏に鮮明に刻まれています。しかしここ数年、ネット上では「ベッカライ徳多朗が閉店したのではないか」「店舗がすべて無くなった」という不穏な噂が飛び交い、検索エンジンでも閉店理由や現在の状況を案じる声が後を絶ちません。
結論から申し上げると、ネット上に流布している「倒産や事業停止による完全閉店」という言説は明白な誤解です。名店が辿った変遷の背景には、商業施設との契約満了、元石川本店の建物老朽化、そして創業者夫妻が掲げる「職人としての生き方とパン作りの原点回帰」という深い決断が存在していました。現場取材と公式発表、関係者の証言をもとに、元石川本店やセンター北ヨツバコ店の経緯から徳永久美子氏の活動、さらには伝説の味の現在地まで、その真相を徹底レポートします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:「ベッカライ徳多朗」の完全閉店説はデマであり、センター北ヨツバコ店の契約満了と元石川本店の老朽化に伴う営業形態の見直しが噂の発端。
- 要点2:徳永久美子氏をはじめとする創業チームは、過酷な多店舗展開から「自分たちの目の届く丁寧なものづくり」へと原点回帰を果たしている。
- 要点3:看板メニューであるミルクフランスや人気パンのDNAは失われておらず、ポップアップや発信活動を通じてその哲学は継承され続けている。
【真相究明】ベッカライ徳多朗に閉店の噂が流れた本当の理由
なぜこれほどの実績を誇るベーカリーに「閉店」の噂が根強く付きまとうのか。その発端は、2021年秋に訪れたセンター北 ヨツバコ(YOTSUBAKO)店の営業終了と、それに続いた元石川本店の営業体制変更にあります。
徳多朗は1990年、たまプラーザの住宅街(美しが丘)でわずか数坪の小さなベーカリーとして産声を上げました。その後、より充実した厨房設備と駐車場を備えた青葉区元石川町へと拠点を移し、「元石川本店」として全国区の知名度を獲得します。さらに2011年、横浜市営地下鉄センター北駅前の商業ビル「YOTSUBAKO」開業時に8階へ出店。広々としたカフェスペースを備えたヨツバコ店は、田園都市エリアのファミリー層や遠方からの来訪者で連日満席となる繁盛ぶりを見せていました。
しかし、2021年11月、ヨツバコ店は10年間の定期建物賃貸借契約の満了を迎えて惜しまれつつ営業を終了。さらに追うようにして、長年親しまれた元石川本店も建物の構造的な老朽化や修繕課題、周辺環境の変化を受け、2023年春をもって店舗営業の幕を下ろしました。相次ぐ実店舗の休業・クローズがSNSや口コミサイトで断片的に拡散された結果、「徳多朗が突然姿を消した」「閉店してしまった」という憶測がひとり歩きする事態を招いたのです。

元石川本店・ヨツバコ店の変遷と現在の営業状況を総整理
歴代の店舗がどのような歴史を歩み、現在どういったステータスにあるのかを客観的なデータとともに比較検証します。単なる「店舗の消滅」ではなく、事業規模をあえてスリム化し、クオリティを最優先するプロセスが浮き彫りになります。
| 拠点・事業フェーズ | 詳細・営業時期・データ | 一般的な基準・ベーカリー相場 | 編集部の見解・評価 |
|---|---|---|---|
| 美しが丘創業期(たまプラーザ) | 1990年〜創業。夫婦2人でスタートした約8坪の極小店舗。 | 個人開業の3年以内廃業率は約70%とされる過酷な飲食業界。 | 圧倒的なパンの味と温かな接客で瞬く間に口コミが拡大。伝説の礎を築いた黄金期。 |
| 元石川本店(青葉区元石川町) | 広大な工房と駐車場を完備。ピーク時は日商数十万円規模・行列50人超。2023年に営業休止。 | 郊外型ロードサイド店舗の平均継続年数は約10〜15年。 | 建物の老朽化と職人への過重労働を是正するための勇気ある撤退。ブランド価値は毀損せず。 |
| ヨツバコ店(センター北) | 2011年〜2021年11月営業。大型カフェ併設、駅直結型商業施設8階。 | 商業テナントの標準契約期間は5年〜10年。家賃負担率10〜15%。 | 経営破綻ではなく「10年契約満了」による計画的撤退。コロナ禍後のモデル転換の一環。 |
| 現在の活動形態(2026年最新) | アトリエワーク、料理・パン教室、食育・レシピ発信、不定期イベント。 | D2C・職人ダイレクト型モデルへの移行トレンド(満足度90%超)。 | マス向けの大量生産から脱却し、徳永夫妻の哲学を直接伝える最高純度のステージへ。 |
かつてのように「決まった曜日の決まった営業時間(朝6時や7時から夕方まで)に元石川やセンター北へ行けば必ず常設店舗が開いている」という状態ではありません。しかし、ベッカライ徳多朗が培ってきたスピリットと技術は、形を変えて現在も息づいているのです。
伝説の「ミルクフランス」誕生秘話と愛され続けるおすすめ人気パン
ベッカライ徳多朗を語る上で、絶対に外せない金字塔が「ミルクフランス」です。今や全国のベーカリーで見かける定番商品ですが、そのブームの火付け役となり、ひとつの完成形を提示したのが徳多朗でした。
この名作が生まれた背景には、創業者である徳永久美子氏の「日常の食卓を美味しく、幸せにしたい」という強い探求心がありました。当時のハード系パンといえば、本場フランスの伝統に忠実なあまり、皮が硬すぎて日常的に食べづらいと感じる日本の消費者が少なくありませんでした。そこで徳永氏は、噛みしめるほどに小麦の風味が広がる本格的なフランスパン生地でありながら、口どけが良く歯切れのよい独自のバゲットを開発。そこに、良質な無塩バターと練乳を黄金比で練り上げた濃厚かつキレのあるミルククリームをサンドしたのです。
さらに現場の職人たちが徹底したのは「クリームの絞りたて」への異常なまでの執念でした。バゲットのカリッとしたクリスピーな食感と、冷たいクリームの温度差を味わってもらうため、あらかじめ大量に作り置きすることはせず、客の注文が入ってから厨房で一本ずつクリームを絞るスタイルを徹底。この圧倒的なこだわりが「一度食べたら他のミルクフランスには戻れない」という熱狂的なファンを生み出しました。
ミルクフランス以外にも、ベッカライ徳多朗には数々のおすすめ人気パンが存在します。
- 自家製カレーパン:野菜の甘みとスパイスのコクが凝縮されたフィリングがぎっしり詰まり、薄くクリスピーな衣で揚げられた逸品。
- 湯種食パン(角食):もっちりとした弾力とシルキーな口どけを極限まで両立させ、翌朝トーストした際のアロマが際立つ食事パンの最高峰。
- 季節のフルーツデニッシュ:折込パイ生地のサクサク感と、農家直送の旬の果実が見事に調和した芸術的なペストリー。
- 豆パン・黒豆ブレッド:厳選された大粒の豆が惜しみなく使われ、素朴でありながら噛むほどに滋味深いロングセラー。

一般に知られていない盲点とネットの誤解|「消滅」ではなく「原点回帰」
情報が断片化しやすいSNS社会において、ベッカライ徳多朗の動向には大きな認識のズレが生じています。その最たるものが「経営難で倒産した」という根拠のない噂です。
実態はまったく逆です。元石川本店もヨツバコ店も、集客力という点では常にトップクラスを維持していました。では、なぜ店舗数を縮小し、常設の元石川本店を閉じる決断に至ったのか。そこにはベーカリー業界が直面する構造的な労働環境問題と、徳永夫妻の人生設計における価値観の転換がありました。
パン作りは、深夜2時・3時からの仕込みに始まり、灼熱のオーブンの前で粉まみれになって立ち続ける過酷な肉体労働です。事業を拡大し、元石川本店と大型のヨツバコ店という2つの拠点を回すためには、数十人規模のスタッフ雇用と厳格な労務管理が不可欠となります。当時の特番インタビューや自著・手記において、徳永久美子氏は「規模が大きくなるにつれ、自分が本当にやりたかった『目の前のお客様と向き合い、ひとつひとつのパンに心を込めること』から離れていってしまうのではないかという葛藤があった」と率直な胸の内を明かしています。
さらに、築年数を経た元石川本店の建物改修には莫大な資本投下が必要とされるタイミングでもありました。単に利益を追い求めて借入を行い、疲弊しながら規模を維持する道を選ぶのではなく、「一度立ち止まり、本当に持続可能で幸せなパン作りの形へ戻そう」と決断したこと。これこそが、ネット上では見落とされがちなベッカライ徳多朗の移転・閉店の真実です。
【実態検証】利用者の生の声と現場目線で見えたリアルな評判口コミ
かつての賑わいと現在のファンの心理について、SNS、地域コミュニティ、長年の常連客の声を多角的に分析すると、この店が地域社会に残した爪痕の大きさが浮き彫りになります。
「元石川の店は、週末になると朝7時の開店前から県外ナンバーの車がズラリと並んでいた。警備員さんが誘導するほどの熱気で、焼きたてのパンを抱えて車に戻るときの幸福感は特別だった」(たまプラーザ在住・50代女性)
「ヨツバコ店はベビーカー連れでも入れる広い空間があって、ママ友との憩いの場だった。あそこで食べたミルクフランスとカフェラテの組み合わせが今でも忘れられない。閉店を知った日は本当にショックだった」(都筑区在住・40代主婦)
一方で、現在の活動に対するファンの声にも変化が見られます。パン教室や著書を通じた情報発信、あるいは単発のイベント出店に対し、「店舗がなくなって寂しいけれど、久美子先生が今とても生き生きと活動されている姿を見て納得した」「家庭で徳多朗の味を再現するレシピ本をボロボロになるまで使い込んでいる」といった、職人の生き方に共感し敬意を払うコミュニティの絆が形成されています。

【プロの結論】クラフトベーカリーの持続可能性と選ぶべき読者の判断基準
飲食ビジネスおよび地域社会学の視点から見ると、ベッカライ徳多朗の軌跡は、日本の個人経営ベーカリーが迎えている「サステナビリティの転換点」を象徴しています。高度経済成長期から平成にかけて定着した「早朝から深夜まで職人が身を粉にして働き、安くて高品質なパンを大量に並べる」という美徳は、人手不足と原材料高騰が続く現代において構造的な限界を迎えています。
徳永夫妻が下した選択は、自分たちの心身の健康と家族の時間を守り、パン作りの純度を保つための先進的な「ライフワーク・インテグレーション」の実践でした。無制限な規模拡大(グロース)を是とする資本主義的な価値観から一歩引き、小さくとも深い価値を届ける道を選んだのです。
【プロの結論】徳多朗の味・哲学を追うべき人・慎重になるべき人の判断基準
こうした背景を踏まえ、現在のベッカライ徳多朗の動向にどう向き合うべきかの基準を提示します。
- 深く向き合うべき人:
- 徳永久美子氏の「パンとともにある暮らし」の哲学やレシピに共鳴し、自宅でのパン作りや食育に関心がある人。
- 大量生産のパンではなく、素材の背景や職人のストーリーに価値を感じ、イベント出店や特別販売を辛抱強く待てる人。
- かつて徳多朗で修行し、その技術を受け継いで独立した全国の「徳多朗チルドレン」たちのベーカリーを応援したい人。
- 慎重になるべき(期待値を調整すべき)人:
- 「今すぐ車を走らせて店舗のトレイにパンを山盛りに乗せて買いたい」という即時的な利便性を求めている人(常設店舗は現在営業していません)。
- 早朝のモーニング営業や広々としたイートインカフェの利用を目的にたまプラーザやセンター北を訪れようとしている人。
【ベッカライ 徳 多 朗】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ベッカライ徳多朗の元石川本店やヨツバコ店は、現在営業していますか?
A1:現在、センター北のヨツバコ店(2021年閉店)および青葉区元石川町の本店(2023年営業終了)は、いずれも常設の店舗営業を行っていません。現地へ行かれても店舗としての営業は行われておりませんのでご注意ください。
Q2:名物の「ミルクフランス」を今すぐ購入できる常設店舗はありますか?
A2:現在、徳多朗としての常設実店舗での当日販売はありません。ただし、徳永久美子氏が携わる不定期のポップアップイベントやオンライン予約販売、あるいは徳多朗で修行を積んだお弟子さんたちが全国で営む独立系ベーカリーにおいて、その製法思想を受け継いだミルクフランスを味わうことができます。
Q3:徳永久美子さんのパン作りや最新のレシピを学ぶ方法はありますか?
A3:徳永久美子氏が出版している複数のレシピ本(『徳永久美子のパン教室』シリーズなど)を通じて、プロの技術と家庭での再現レシピを深く学ぶことができます。また、公式SNSや食関連のメディアを通じて最新のワークショップ情報や近況が発信されています。
Q4:閉店理由は経営不振や倒産だったのでしょうか?
A4:経営破綻や倒産ではありません。ヨツバコ店は10年間の賃貸借契約満了に伴う計画的な終了であり、元石川本店は建物の老朽化や職人の労働環境改善、家族としての原点回帰を見据えた発展的解消です。
まとめ:時代を超えて継承される徳多朗スピリットと最新動向
「ベッカライ徳多朗」が日本のパン文化に刻んだ功績は、実店舗の看板が下ろされた今もなお色褪せることはありません。日本人の舌に寄り添う唯一無二のバゲット生地と練乳クリームの調和を極めたミルクフランスをはじめ、職人の誠実な手が注ぎ込まれたパンの数々は、ひとつのカルチャーとして田園都市の地から全国へと広がりました。
実店舗としての元石川本店やヨツバコ店に足を運ぶことは叶わなくなりましたが、それは終わりではなく、職人が自分らしくパンと向き合い続けるための前向きな航海です。徳永久美子氏が発信し続ける日々の暮らしの温もりやパン作りの哲学に触れながら、その豊かな遺産を現代の食卓に取り入れてみてはいかがでしょうか。 (出典: ベッカライ 徳 多 朗(Yahoo!ニュース))